世界で唯一。特殊な日本カミソリ市場

シリーズ「日本のウェットシェービング市場のこれまでとこれから」第一話
カミソリ倶楽部代表取締役 竹内康起と、戦後から令和まで、日本のウェットシェービング市場と文化について振り返ります。

多くのウェットシェービングを愛好者が利用しているT字型替刃安全カミソリが誕生したのは、20世紀初頭の1904年のことです。発明者はキング・C・ジレット。「ジレット」の安全カミソリは第一次世界大戦を機に急速に普及し、やがて「ジレット」は、圧倒的な資本と技術力で世界最大のシェアを誇るカミソリメーカーとなっていきます。

そんな「ジレット」が世界の主な国々の中で唯一、現在も国内シェアNo.1を勝ち取ることができない国があります。それが日本です。

日本国内でも、T字型安全カミソリの普及のきっかけは第一次世界大戦からでした。大戦終了後、ドイツ人捕虜から事業を引き継ぎ日本安全剃刀工業が創設されました。これが現在の「フェザー(安全カミソリ株式会社※以下略)」です。昭和初期に台頭した「フェザー」は、第二次世界大戦中・戦後の輸入規制の影響もあって、昭和30年代には国内市場の8割を占めていました。

1960年の輸入自由化で、まずはホルダー次いで替刃の市場が開かれ、海外からの輸入品が日本進出を開始しました。その後の競争の中で「ジレット」や「フェザー」を上回って、日本市場を征したのは「シック」でした。「多い時で約7割のシェアを獲得し、30年に渡ってNo.1を守り続けていることは、世界的には「ギネスクラス」で異例なことなのです。1985年には、私たちが『世界のジレットを差し置いて、日本市場にシックを君臨させた立役者』として、ワシントンポストに取り上げられたほどです。(竹内康起談 ※以下略) 」

「シック」の創設者、ジェイコブ・シックは1921年に、片刃で、かつ刃に触らなくても交換可能な「インジェクター」システムを考案しました。日本人の濃い髭には、片刃が合っているとかねがね考えていた三宝商事(カミソリ倶楽部の前身)の先代・竹内金蔵は、この「インジェクター」で、フェザーの独占状態だった日本のカミソリ市場に挑むことに決めて、精力的に販売網を拡大していきます。

1960年~80年代、日本の消費傾向にも大きな変化が起きていました。百貨店から大手量販店へと覇権が移り、1972年に大阪のダイエーの売上が東京の三越を追い越したのは、象徴的な出来事とされました。そんな中で、日本市場を狙っていたのは、「シック」「ジレット」ばかりではありません。ヨーロッパ市場に強いイギリスの「ウィルキンソン・ソード」は「ライオン」と、アメリカで古い歴史を誇り、フィリップ・モリス傘下の「ASR(American Safety Razor※以下略)」は「花王」と組んで「花王ペルソナ」として日本進出を図ります。共に歯磨きあるいは石鹸で、生活雑貨の販売に関して強い販路を持っている企業の参入は、当時の同業者たちにとって大きな脅威でした。

しかし、1970年代には、両刃カミソリ市場の衰退と共に、「フェザー」「ウィルキンソン」は市場占有率を落とし、花王ペルソナは撤退。ついに「シック」が日本市場のシェアNo.1の座につき、以降現在に至るまでその座を守り続けています。今でも、最新技術を施した新製品と並んで、発売から50年以上を数える「インジェクター」をはじめ、「SUPER Ⅱ」など往年の名品たちの替刃が、ドラッグストアなどの店頭に並び続けています。長きに渡って「シック」製品が日本で愛され続けている何よりの証拠と言えるでしょう。

ではなぜ、「シック」は日本で、世界の「ジレット」や国内最大の「フェザー」に打ち勝ち、ここまでに愛されるブランドとなり得たのでしょうか。

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